糺の森・下鴨神社にある聖なるシンボル

2017年9月1日旅行

いつ訪れても厳かで、緑が心に染み入ってきそうな迫力を感じる京都の下鴨神社。
この神社を訪れるのは決まって早朝で(朝早くに訪れたい場所なのだ)、毎度、参道である糺の森を歩くときは、頭から雑念のようなものが抜けていくのを感じる。

何だろう、この作用。

樹々がうっそうと繁っている場所特有のマイナスイオンを浴びているからという人もいるし、気のせいとあっさりかわす人もいる。
いろんな見解があるけど、緑あふれる参道を歩くだけで爽快になるのは間違いない。

糺の森では時折、キャンバスに向かい合って絵筆を走らせる人も見かける。
深い緑に包まれた環境に身を置き、五感にフルに使っての絵を描くことに没頭できるなんて、なんと贅沢なのだろう。
東京からやって来た(アウェイの)私はちょっぴり嫉妬してしまう。

さて、参道を歩くだけでリフレッシュする下鴨神社。
その境内に足を踏み入れると、聖なるシンボルに会いに行くのが常。

聖なるシンボル!?

それは西唐門(重要文化財 江戸時代 寛永5年造替)の欄間にある。
そこにある模様が彫刻されているのだ。
その模様とは、ぶどう

というわけで、西唐門はぶどう門ともいわれる。
ぶどうがなぜ、幸運のシンボルなのか。

唐門の案内文より
屋根の唐破風(からはふう)の形式からその名があります。
また、欄間(らんま)にブドウの紋様が彫刻されているところから、ブドウ門ともよばれています。
「古事記(こじき)」や「日本書紀(にほんしょき)」に伊諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉国(よみのくに)から逃げ帰られたとき、追いかけて来た鬼に髪飾りを投げつけられるとエビカズラの実に変わった。 との神話があります。
エビカズラは、野生のブドウのことで「源氏物語」などに、えび色(ぶどう色)と記しています。
また平安時代は、薬草の一種とされていました。
ブドウ棚の紋様は、我が国独自の意匠であり、神話が伝えるように門をくぐると人々を御祓(おはらい)する意味を表しています

といういわれのある、聖なる植物(果実)、ぶどう。

日本だけでなく、海外でもぶどうは聖なるものとして扱われている。
聖書のなかでは一番たくさん登場するし、ユダヤ教では「ノアの箱舟」でノアが洪水の後に初めて植えたのがぶどうといわれる。

そんなわけで、ぶどうが彫られた欄間をくぐる時は「心身の健康を邪魔するものが取り除かれますように」と念じるのである。

さて、世界にはそれに秘められる魔術めいたものが信じられ、好んで食べられていたものがいろいろある。
一例をあげよう。

お国はトルコ。
時代はオスマン帝国の君主スルタンが国を統治していた頃。
イスタンブールのトプカプ宮殿といえば・・・女性の園「ハーレム」。

スルタンに近づくため、権力の握るため、そこで繰り広げれていたのは女の戦い。
実際、宦官とグルになってライバルの女を毒殺する者もいたらしい。

ハーレムの女たちが魔力を信じて食べていたものがありました。

それはナス

「秋ナスは嫁に食わすな」のナスです^_^

体に宿る悪霊を追い出すために、女たちはせっせとナスのしぼり汁を飲んだり、顔をこすったそう。
スヒリチュアルな面では、夢の中にナスが出てきたら、それは子どもを身ごもる暗示。

スルタンの子供(とくに世継ぎの男児)を出産することは権力をもつことにもあり、ハーレム内の出世街道にのれることでもあるから、ハーレムの女たちはナスをこよなく愛した(食した)のだろう。

ぶどうにナス。信じるこころが宿るものって、興味深い。