80代のカメラマンが主人公。映画『ビル・カニンガム&ニューヨーク 』

2016年3月3日映画の紹介

上の写真は清掃作業の合間に趣味のカメラで誰かを撮影しているおじいちゃん、ではありません。

ドキュメンタリー映画『ビル・カニンガム&ニューヨーク 』(アメリカ、2010年、リチャード・プレス監督)の主人公ビル・カニンガム氏です。

昔からファッション雑誌に必ず特集されるのが「街角スナップ」。
どこそこの街でおしゃれなファッションを身につけた人を見つけると声をかけ、その場で撮影させてもらう。

こういったストリートスナップ撮影の仕事はたいてい駆け出しのカメラマンが担当することが多いのですが、ビル・カニンガム氏は、New York Timesで街角スナップの連載をもち、86歳になった今もその仕事を続けています。

『ビル・カニンガム&ニューヨーク』は、そんな彼の姿を2年近く追い、彼の実像、そして哲学に迫る作品。

雨の日も風の日も雪の日もNew York Timesの連載のためストリートを自転車で走り、目に止まった人を見つけると迷わずシャッターを切る。

夜は机に山のように積まれた招待状の中から慈善パーティーや社交界のイベントを2、3つかけもちで出かけ、年に2回パリのファッション・ウィークに出張すると「世界で一番重要な人だから」とパリのファッション関係者からVIP扱い。

もはや大御所の域を超えている写真家の彼に撮影されることはニューヨーカーやファッション関係者にとってステイタスだったりします。しかし、当の本人はまったく自分の立場や評価なんてどこ吹く風。そこがまたカッコいい。

その仕事ぶりは映画『プラダを着た悪魔』の鬼編集長のモデルともいわれるアメリカ版ヴォーグのアナ・ウィンターに「私たちは毎朝、ビルのために着るのよ」と言わしめるほど。
2008年にはフランス文化省の芸術文化勲章「オフィシエ」を受章しています。
※オフィシエは日本人ではアーティストの草間彌生、音楽家の坂本龍一、建築家の隈研吾なども受章。

パリで開催されたオフィシエの受章パーティーでも主人公でありながら、会場に集まったソニア・リキエルなど、ゲストのファッションスナップをいつもの仕事着でいつものように撮り続けるビル。

おいおい、この場におよんで…

と、失笑してしまいますが、撮る仕事を一途に愛していることが伝わってきて、ますます彼に好感をもってしまいました。

ドキュメンタリーの中では仕事を離れたビルの私生活も紹介されています。

当時、彼が何十年もの間、暮らしていたのはカーネギーホールの上にあるスタジオアパート。
(カーネギーホールの上階がアパートになっていたとは!)
部屋では写真を収納するキャビネットにはさまれて眠り、トイレとバスは共同という質素な暮らし。

かつて多くのアーティストが入居していたスタジオアパートでは、ビルとアンディ・ウォーホルのミューズといわれた写真家のエディッタ・シャーマンら6人が暮らすのみで、撮影当時は立ち退きを言い渡されている最中。

このカーネギーホール上階にあるスタジオアパートの様子が映像に残されている点も、歴史の資料性が高いと思います。

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ビル・カニンガムが身にまとうブルーの上っ張りと自転車は仕事の相棒。
パリのデパートBHVで20ドルで買ったというこのブルーの作業着は実は清掃作業員の制服だったりします。
雨の日にはおるポンチョもテープで修繕して何度も着用。「ニューヨーカーはものを粗末にしすぎる」と言いながら。

このドキュメンタリーには前述したアナ・ウィンターをはじめ、トム・ウルフ、今をときめくマイケル・コースもインタビュイーではないけど、衣料団体の決起集会の場面にちらりと登場。そしてニューヨーク社交界の花にして慈善事業家のブルック・アスター、2012年に他界したファッションジャーナリストのアンナ・ピアッジなども。

なかでも、ダントツに気になったのは昼と夜とではまるで別人の「デザイナー大使」。ビルの被写体にもなったネパールの元国連大使サイル・ウパデアヤ氏です。
彼のクローゼットの中身に興味がある人は私だけではないはず。

また、ビルの言葉は箴言の宝庫でもあります。

「ストリートが語りかけてくるのを待つんだ。語りかけてくるまで」

「重要なのは感想じゃない。見たものを伝えることだ」

「パリには半年おきだが、学校に来るみたいだ。目には何度でも学ばせないと」

「最高のファッション・ショーは常にストリートにある」

「大女優を撮らない大バカと言われようが、撮るかどうかはファッション次第だ」

「私はよくどうかしていると言われます。無料で着飾った有名人に興味はありません。どうでもいい。それより服を見てください。新しいスタイル、シルエット、色づかい、それがすべてです。主役は洋服です。有名人でも派手なショーでもないのです」

「美を求める者は必ずや美を見出す」

淡々としたドキュメンタリーではあるもののビルの仕事の哲学をはじめ、「1940年代、パリのメゾンのショーにはカメラマンはいなかった。メゾンは自分たちで写真を撮り、出版社に持ち込んだ。サンローラン初のプレタのショーでもカメラマンは僕とヴォーグ誌だけ」というコメントからわかるようにファッションの歴史、そしてNew York Times誌の誌面レイアウトの仕事、ニューヨークの社交界など、この方面に興味のある人の好奇心をうならせるエッセンスもふんだんに盛り込まれています。

また、90分弱に収めた編集の配分センスもすばらしい。

New York Timesのオンライン版では、ビル・カニンガムが撮影とナレーションを担当するストリートスナップが見られます。
こちら→ on the street