高齢社会に読みたい児童書『ミルクマンという名の馬』

2016年2月19日本の紹介

ドイツ人作家によるドイツが舞台の物語ということで手にとった本『ミルクマンという名の馬』。

児童書のコーナーにあったので、少年と馬が登場するファンタジーだと勝手に思い、読み進めたのですが、実は介護や高齢社会にも一石を投じる内容でした。

あらすじは

小学校を休んだ少年ヘルマンのもとに突然、白い馬があらわれます。
ヘルマンは馬に「ミルクマン」と名付け、両親や近所の人に見つからないよう、馬をかくまいます。

ヘルマンのお母さんは老人ホームの介護士。
介護のお世話をしているお年寄りのなかには元蹄鉄職人のフォイヤーバッハさんがいます。
彼は要介護の身で車いすでの生活。

「お気の毒に。何も聞こえないし、何も見えてはいないのよ」とヘルマン母はフォイヤーバッハさんのことを話しますが、彼はこっそりと馬の咳に効くのど飴をヘルマンに渡すのです。

近所の人にミルクマンのことを勘ぐられ、馬が見つからないかヒヤヒヤするヘルマン。
ある日、ミルクマンのことを親友に打ち明け、馬を見せに行くと・・・なんと、もう1頭、茶色の馬が。

実は、この馬たちは、廃れる寸前の品種でした。
そして、悪い男たちがあらわれ、ミルクマンをはじめとする廃れる馬たちを連れ去ろうと・・・

その救出劇の立役者となったのが、なんと、老人ホームで暮らすフォイヤーバッハさん。

実は、フォイヤーバッハさんに言わせるとミルクマンたちは「人間から受けた恩に精いっぱい報いようとする、めったにいない律儀な品種の馬」。蹄鉄の仕事を通して馬とコミュニケーションとれる彼は鍛冶場に戻り、馬の世話をすることに。こうして、老人ホームの車いす生活から劇的な社会復帰を果たすのです。

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少年と馬のコミカルなやりとりも楽しめるのですが、その一方、蹄鉄職人の職を失い、老人ホームで暮らすフォイヤーバッハさんのカムバック劇を描いた作品でもあるのです。

「生きがい」とは何だろう?
もしかしたら、フォイヤーバッハさんの動向がヒントを与えてくれるかもしれません。

フォイヤーバッハさんの

「ぼうっとなにもせずに立っていたり、座っていたり、あるいはごろごろしてるだけってのはな、ちゃんと生きているうちにははいらないんだよ!」

「あんたが馬の立場だとしたら、ずっと馬小屋のなかでぼんやりと藁屑数えて暮らしたいと思うかね?」

「だれかを助けると決めたなら、そいつに対する責任をきちんともてってことだ!」

という言葉は、何も事情を知らないのに、老人ホームで暮らす高齢者を憐れむ世の人々に向けた心の叫びだったのでは?と思います。

ずっと長くかかわっていた仕事がその人を助ける。
そして、何か役目を与えられた時に、ちゃんとその技術を生かし、自分と周囲をシアワセにすることができる。

フォイヤーバッハさんにとっては蹄鉄の仕事がそうでした。

また、「人間から受けた恩に精いっぱい報いようとする、めったにいない律儀な品種」というミルクマンたちの人間に寄り添うような性質も、ヘルマンやフォイヤーバッハさんはじめ、町の人々の気を引いたのでしょう。

迷い込んできた馬をきっかけに社会復帰を果たしたフォイヤーバッハさんに、快進撃を見る思いでした。

また、少年たちが大人にたいして真正面から対抗していくシーンには「いいぞ、いいぞ!」と心の中で叫んでしまった。しかし、彼らの姿、どこかで知っているような。。。

そうだ、エーリッヒ・ケストナーの『エーミールと探偵たち』に出てくる少年たち!

馬のために対抗するヘルマンと友人たちと、エーミールのお金を盗んだ悪人をつかまえた勇気ある少年たちの姿が重なったのです。

『ミルクマンという名の馬』を翻訳を手がけられたのはアクセル・ハッケ作『ちいさなちいさな王様』やクラウス・コードンの『ケストナー ナチスに抵抗し続けた作家』も手がけられた木本栄さん(この2作は那須田淳さんとの共訳)。ドイツの素晴らしいものがたりをこれからも日本に紹介していただきたいですね。

ちなみに『ちいさなちいさな王様』は映画『アメリ』のアートワークで知られるミヒャエル・ゾーヴァがイラストを担当しています。←amazonを見たら、いつのまにかKindle版も出ている~。

久しぶりに、いい意味で期待を裏切る良書に出会えました。